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【SS】過去への扉【本誌ネタバレ注意】
【ゾロサンSS・海賊21歳】本誌841話までのネタバレをおおいに含みます。
コミックス派の方はご注意下さい。
続きからです。
●過去への扉
オリの中のサンジには、今日で閉じ込められて何日経過したのかもよくわからない。日に三度運ばれてくる豪華な食事で、だいたいの時間を知る。小さい子供が生活するのには十分すぎるくらいの広さがあるのに、感じるのは窮屈感だけだ。
料理の本を読みながらウトウトしていたサンジは小さな物音で目を覚ました。
音の聞こえた方に恐る恐る視線をやれば、そこには細い人影が見えた。なぜか人影はオリの外側ではなくて、サンジがいるのと同じオリの中にいる。
「だれ……?」
カギのかかったオリの中に侵入なんて普通に考えてありえない。いつもならば煩わしいだけの存在である見張り兵士も今は席を外していて誰もいない。怖くなり慌ててタンスの陰に隠れたサンジの方に向かって、その人影は一歩ずつ近づいてくる。
質の良さそうな黒いスーツを身に着け、咥えタバコをした二十歳くらいの若い男だ。金色の髪に巻いた眉毛。サンジはこんな男に今まで会った事がない。
思わず大きな声を出そうとしたら男は静かに、の意味をこめて口元に人差し指を置いた。
「よォ」
「ヴィンスモーク家の人?」
「さァな」
いまいちハッキリしない答えだったが金色の髪と巻いた眉毛を見て、サンジが知らないヴィンスモーク家の誰かだろうと判断した。
サンジはその男の巻いている眉毛に恐怖心を抱いた。サンジにとっては自分以外で眉毛が巻いている男はみんな、サンジをいじめるやつらだからだ。
男はしゃがみこんで、置いてある料理道具と料理の本に触れるとサンジの方を見た。
「料理が好きか」
「……うん」
「コックになりてェか」
「うん」
「そうか」
目を細めて笑った男の表情は柔らかいものだった。こわがってねェでこっち来いよ、と男はサンジを手招きして呼んだ。
この男はヴィンスモーク家の人間だとしても兄たちとは違う、いじめる人ではないと思いサンジはタンスの陰から出て行って男の横に座った。
「おれでもコックになれるかな?」
「なれるさ。海の一流コックを目指せ」
「一流……」
「コックになったらきっと、色々な出会いがある」
この国からほとんど出たことがないサンジは家族や城の人たち兵士たちくらいしか知らない。
こんなところに閉じ込められた今となっては、その人たちの顔すら見ることもなくなった。見るのは交代で見張りをする、どれも似たような顔に見える兵士、そしてたまにサンジをいじめにくる三人の兄弟たち、その兄弟のあとにこっそりやってくる姉くらいのものだ。父の顔すらもうしばらく見ていなくてどんな顔だったか記憶が薄れかけている。
この国にいると、料理をしたのがバレたら作ったものを皿ごと叩き割られる。しかも今のこの状態では頼んで差し入れしてもらったささやかな料理道具でのままごとのようなものしかできなく、家族の目を盗んでこっそり厨房で料理や菓子を作る楽しみすら奪われてしまった。
外の世界、国の外ではサンジが料理しても許されるということらしい。しかも、色々な出会いがあるとこの男は言っている。大好きな料理が出会いを生むなんて、魅力的な話だ。
男は傍らに置いてある分厚い本を手に取るとそれをぱらぱらとめくった。
「お。オールブルーのこと書いてある本。懐かしいな」
「その本、読んだことあるの? 本当にオールブルーってある?」
「ああ。おれの夢だ。ぜってェある」
「どんなところ?」
「おれも今探してるところだから実際にはまだ見てねェんだ。でも、きっと楽園だろうな」
オールブルーについての話をしている男の表情は少し幼く見えた。それは本に書いてある内容とあまり変わりなく特に新しい情報などはなかったが、サンジは男の話を夢中になって聞いた。
そのほかに料理や魚の話もしてくれて、男につられるようにサンジも笑顔になる。ここに入ってから言葉もほとんど発することなく暮らしていて笑顔なんて完全に忘れていた気がする。まだ笑えることに自分で少し驚いた。
「っと、そろそろ時間だな。戻らねェと」
「えー、もう行っちゃうの? もっとお話してよ!」
「長居はできねェんだ、ごめんな」
男はサンジの頭の上に手を乗せて優しく撫でてくれた。仮面越しだったけれど、その手つきと表情はとても優しかった。
オリの奥の方から声が聞こえた。この男のものとは違う男の、低い声だ。
「おい、コック、いるのか? なんだこの扉」
「ん、あいつ来やがったのか。ああ、今そっち戻る! その扉ぜってェ開けるんじゃねェぞ!?」
男が声の方向に返事をすると、この男をコックと呼んだ声はおう、と短く答えた。
「だれの声?」
「ああ、気にすんな。ただのマリモだ」
「まりも……? お兄ちゃん、コックなの? だから料理のこと色々知ってたんだね」
「ああ。おれはコックだ。コックは楽しいぞ」
「どうやったらコックになれる?」
訊ねると、男はおもむろにサンジを抱きしめた。男からする、タバコの匂いが不思議と落ち着いた。
母亡き今、サンジにこうしてくれる人は誰もいない。先ほどはじめて会ったばかりの男の腕の中におさまりながら、そのあたたかさにサンジは仮面の下で静かに泣いた。
「強くなれ。道はいつか必ず開ける」
「うん……」
サンジを包んでくれているのは人間のぬくもり。人間ってこんなにあたたかい。人間なことの一体何がいけないのだろう。
男のスーツの裾をぎゅっとしていたら、その安らぎからか急激に眠気が襲ってきた。
目を覚ますと、サンジの体は横たえられていて男はいなくなっていた。
「夢か……」
優しいコックがここに来てくれる、あたたかい夢を見た。結局ヴィンスモーク家の誰なのかわからなかったし歳は少し離れているけれど、ああいう優しい人が本当のお兄ちゃんだったらよかったのに、と思う。
「また来てくんないかなあ」
夢でもいいから。
仮面の隙間から寝起きの目を擦ったサンジは泣いた跡があるのに気がついた。最近はもう悲しみを通り越してしまい、滅多に流すこともなくなった涙。
体を起こしたサンジの鼻腔をくすぐったのは微かなタバコの匂いだった。
「…………」
強くなれ、の言葉を思い出す。
ずっとここにいても何も変わらない。
きっと、そのうちここから逃げ出すチャンスが訪れる。
サンジはその日を待ちながら、オリの中で料理道具を握った。
*******
引き潮の時にしか入ることができない小さな小さな洞窟、その洞窟を満月の光が照らしている間だけ過去の自分に会える扉が現れる。
この島にあるそんな言い伝え。本日がちょうど、数年に一度訪れるその条件を満たす日だと聞いてサンジは一人でその洞窟へやってきた。
洞窟の壁には、ぼんやり青白く光る神秘的な扉が出現している。
オリの中に監禁されていた時に見たあの夢を思い出した。
――あの、眉毛が巻いている金髪のコックの正体は……
夢だと思い込んでいたが、あれはきっと夢ではなかった。
サンジはひとつ深呼吸をして、その扉を開いた。
扉を通って戻ってくると、腕組みして洞窟の岩壁に寄りかかっているゾロがいた。
「どうした?」
「どうしたじゃねェよ。過去への何とかがちょうど今日とか言って、てめェが一人でふらっと出かけて行ったって聞いた」
「心配して追ってきたのか?」
ゾロは否定も肯定もせずに、腕組みの体勢を保っている。
「用は済んだのか」
「過去に何しに行ってたとか詳しく聞かねェんだな」
「過去とか気にしねェ。今のてめェがいりゃそれでいい」
「嬉しいこと言ってくれるねェ」
ゾロにいきなり腕を掴まれ引き寄せられたサンジはそのままふわっと抱きしめられた。
鍛えられた男の肉体はこうして抱きしめられると少々かたいけれど、そのかたさでサンジは安らぎを得た。服越しのゾロの体温が、とてもほっとする。
「こうして欲しいって顔に書いてあった」
確かに顔に書いてしまったかもしれないが、そこは何も言わずに抱きしめとけよムードねェ野郎だな、と思う。でもこの行為がとても嬉しい。
誰も見ていないしあと少しだけこのままで、そんな欲が出てくると同時に冷たい海水が結構な勢いでバシャバシャと洞窟内に流れ込んできてゾロとサンジの足元を濡らした。
「うわっ! 洞窟終了の時間か!」
「出るぞ」
体を濡らしながら大急ぎで洞窟の外に脱出して少しすると、不思議な洞窟は海の中に消えた。次回、扉出現の条件が重なるのはまた数年先のことだろう。
「船戻る。腹減った」
「何かうめェモン作ってやる」
コック。それは、幼い頃憧れていたもの。
その職を手にしている今、サンジは自分の仕事に誇りを持っている。
食いたいヤツには、食わせてやる。
ゾロと肩を並べて浜辺を歩きながら、静かな夜の海を眺めた。
聞き慣れているはずの波音が、今夜はなぜか妙に心地よくてサンジはそれに耳を澄ませる。
この広い広い海のどこかに、あの頃から夢見ているオールブルーがきっとある。
END
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